Dance with Byunghun

BHssiに踊らされる私とその日常生活を紹介します

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1月17日

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早いもので11年目のこの日を迎えました。(写真は当時の我が家の中です)

あの日、私はまだ学生で、のらりくらり海外旅行中でした。
ニュースを見ることもなく見知らぬ土地を友達と3人でウロウロ。
そして郵便局へハガキを出しに行きました。
すると窓口のおじさんが「神戸で地震があったんだったね」と言って新聞を見せてくれました。
そこには高速道路の倒れた写真が。
これはただ事ではないと思い、急いで国際電話をかけることに。

長くなるので続きは↓で

国際電話のかけ方を教えてもらい、ようやく公衆電話へ。
ラッキーなことに一発でつながりました!
妹がでて「あ、あんた元気?」と言われてしまう次第。
それはこっちのセリフよ~と心の中で怒りながらも一安心したのを覚えています。
家族は写真にある箪笥の下敷きになりながらも怪我一つなく無事でした。
日本で18日の夕方の出来事でした。

母親に「あんたが帰ってきてもおる場所ないから、予定通り帰っておいで」といわれて神戸に帰ってきたのは2月初旬。
その頃には散らかった我が家の荷物も各地から来たボランティアの方々のおかげできれいに片付いていました。
でも住める状態ではなかったので、旅行から帰ってきていきなり避難所へ。
もうカルチャーショックでした。

それでも家族そろって配給のお弁当を食べたり、一緒に並んで寝たり、川へ水汲みに行ったり、4月に仮住まいへ移るまでの2ヶ月間、一家団欒の時を過ごせました。

電車が分断されていて代替バスを乗り継いだり、途切れてるところは歩いて移動したり・・・
大阪-神戸間の電車がつながったときは本当にうれしかったなあ。

三宮でネオンもなく方向が分からなくなって真っ暗な道で迷ったこともさりました。

失ったものもたくさんあるし、大変だったけど日常生活では体験出来ないことをたくさん経験できました。
今、与えられてるたくさんのもの、そしてこうやってのんびりとネットをしながら大好きなBHssiに浸れる時間があることを、心からうれしく思っています。

11年たっても元の生活に戻れない人もまだたくさんいますし、現に、我が家の隣の土地は11年前に家が崩れたままの状態で荒れ果てています。
今住んでいる家も震災後、4度目の引越しでようやく落ち着いた場所です。
自分自身、あの揺れは体験していないけれど、震災の後の苦労は一生忘れることなく、1月17日を静かに過ごしていけたらと思います。

亡くなった6000人以上の方々、心よりご冥福をお祈りします。
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コメント

hayanaさんへ

避難所とはいっても、体育館のような大げさな場所ではなかったので、こじんまりと、そしてプライバシーも守りながら生活できてました。
でもトイレやお風呂は近くの小学校まで借りに行ってたなあ。

関東にも可能性があるようですし、お子様たちといざというときのためにいろいろ準備しておくのが一番だと思います。
それが役にたたないのが一番ですがね。

  • 2006/01/20(金) 21:12:26 |
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じろこさんへ

動物には予知能力があるといいますが、じろこちゃんたちはどうだったのでしょうか?
そのあわてぶりからして、なかったのかな(笑)
無事に帰ってこれてよかったねえ。

  • 2006/01/20(金) 21:10:00 |
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うりうりさんへ

震災のときはたくさんのボランティアさんに助けていただき、本当に感謝しています。
我が家も全国各地から大学生など入れ替わりお手伝いに来てくれていました。
おかげさまで片付けはめっちゃ早かった。
でも受け入れる体制を整えるのも確かに大変ですね。
自分も次は何かお手伝いできるようにしたいなあと思います。

  • 2006/01/20(金) 21:07:59 |
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みっきーさんへ

何事もなく日々穏やかに過ごせるのが一番ですよね。
こんな大きな事件に巻き込まれることなんて一生ないほうがいいなあと思います。

何よりもBHssiと一緒に楽しく遊びたいしねえ。
多くを望まないことを目標に今年もがんばりましょう!

  • 2006/01/20(金) 21:05:49 |
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Lamplightさんへ

難しい、ちょっと重い話題でごめんなさいね。
コメントしずらかったんじゃないですか?

神戸の震災以降も世界各地で大きな災害が次々と起こってますよね。
いつ何時自分の身の上に降りかかるか分からないことに備えておくのは大変でしょうが、日ごろの心がけが大事だなあと思いました。

  • 2006/01/20(金) 21:03:26 |
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marimariさんへ

marimariさんが西宮(だったかな?)にいたのはちょうど震災の時だったんですね。
まだご実家もそこにあるのかな?
西北は市場もなくなっちゃったし、すっかり様変わりしちゃいましたね。
甲風園のあたりのお屋敷もいっぱい崩れちゃったし。

でもこうやってそれぞれの経験を語ることも自分の記憶を消さないために必要なことだと思います。
いっぱいコメントをありがとうございます。
これだけで立派なブログの記事になるよ(笑)
実のところ「震災の歌」って知らないんです。
神戸市内の小学生はみんな歌えると聞いたことはありますが、震災関連のイベントとかで歌われるのかな?

  • 2006/01/20(金) 21:00:12 |
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ajianさんへ

お子様が無事に生まれて何よりですね。
水道や電気がなくて不便だったんじゃないですか?
お子様の年だけ震災から年月がたったんだと分かりやすいですね。

身近な方々が亡くなられたのは本当に辛いことだと思います。
これからも犠牲になった方々のことを思い、その方たちの分も一生懸命生きたいと思います。

  • 2006/01/20(金) 20:39:44 |
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Tom。さんへ

当時はTom。さんのお仕事関係の方が一番大変だったんだろうなと思います。
負傷された方には申し訳ないのですが、体の傷も心の傷も、一度負ったらそう簡単に消えるものではないですよね。
でもそうやって忘れられないものがどこかにあるのが大事なのかもしれません。
今年も1年、無事に過ごせますように・・・

  • 2006/01/20(金) 20:36:08 |
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エネコさんへ

食器とかは大丈夫でしたか?
立っているときと寝ているときとでも揺れの伝わり方が違うので、この明け方の時間はみなさん恐ろしい思いをしたのではないかと思います。
いつもある日常が一瞬にして消えてしまうことって現実にあるんですね。
このことをいつも心に留めておきたいと思うのですが・・・それができない今日この頃です。
私も避難用品、チェックしてないわ^^;

  • 2006/01/20(金) 20:33:27 |
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pontaさんへ

今までいろいろ話す機会があったけど震災のことは触れてなかったかも。
他にもいろいろエピソードがあるのでまた聞いてね。

人のつながりって毎日の生活のどこかに生まれるものよね。
そのタイミングを逃したら一生出会わなかったかもしれない人たちとこうやってつながって入れるのもすごいことだと思うわ。

震災は私の日常生活ではすっかり関係のない出来事になっちゃったから、せめて1年に1度は思い出せたらと思います。

  • 2006/01/20(金) 20:30:19 |
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早いですね~

みみしゃさん、こんにちは~!
みみしゃさんのご実家も大変だったんですねぇ。
午前5時46分。本当に時計も止まってる。
ご家族が怪我などなくて本当に良かった。
当時テレビで見たような、避難所の生活をみみしゃさんも
体験していたとは・・・・貴重なお話、ありがとう。
あの震災の前日まで私の両親は神戸を旅行してました。
もしもう一日ゆっくりしてたら・・・と思うと本当に人の運命って
わからないものです。
東灘区に住んでた従兄のアパートは火事で燃えて
しまいましたが、何とか無事でした。

毎年、この日を迎えると、関東もいつ何時・・・・
万が一に備えなきゃと思いつつ、リュックの中身も点検してない^^;
6千人以上が亡くなったあの悲劇を忘れずに
防災意識をもって、平和を願って、子供達にも語り継がないと
いけないと思います。




  • 2006/01/19(木) 16:35:32 |
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  • hayana #
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みみしゃさん、こんばんは。
毎年この日がくると、防災意識が芽生えますよね。
あまりにもすごい揺れで、飼ってたネコが、びっくりして天井までおしっこもらしながら、走って、半日行方不明になった日でもありました。。
改めて今の暮らしが幸せであることとに感謝しなきゃ・・・

  • 2006/01/19(木) 00:15:51 |
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  • じろこ #
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がんばれ神戸!

こんばんは。
もう11年経ったんですね。
あの年の1月21日から神戸に仕事に行く予定だったのですが
あの震災で全てがキャンセルに。
私も予定があいたので仕事関係の人に
「手伝いに行きましょうか?」と話したら
「今来ても大変なだけだから」と言われ
少し落ち着いた3月末に神戸に行きました。
幸いな事に仕事関係者やその周りの知人たちには亡くなられた方はいませんでしたが
住む所もままならないのに、元気いっぱいの皆さんに
かえって私が勇気づけられました。
いつも思うのですが
あの震災が東京だったらここまでの早い復興はなかったと思います。
神戸の、関西地区の人情と地を愛する気持ちが今にあるのでしょうね。

  • 2006/01/18(水) 21:27:17 |
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  • うりうり #
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しみじみ。。。。

みみしゃさん、こんにちは~。
みみしゃさんや、皆さんのコメント読んでいたら、うるうるしてきました。
私は、今までに、おおきな地震や災害を経験したことは1回もありません。だから、日々の生活があたり前のように感じたりします。でも、その
当たり前のことが、一瞬にして破壊されたら.....大変なショックを受けることでしょう。
平凡に毎日暮らし、そして、ビョンホンssiを応援できることを、幸せに感じます。。。。




  • 2006/01/18(水) 14:28:03 |
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  • みっきー #
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何を言いましょう・・・

みみしゃさん、おはようございます。
私は生まれも育ちも関東地方なのですが、
こうしてみみしゃさんが書いて下さった体験談を読ませていただくだけで、胸の奥にキュ~~ンっとくるモノを感じます。
あれから11年も経ったんですね・・・
当時、自分はただただ・・・TVの画面に釘付けで見守るしかありませんでした。
神戸、そして近辺の方々の苦労は大変なものだったと思います。
でも、その分人と人のつながり合い、助け合う気持ちは私達よりはるかに大きいと思います。
みみしゃさんのやさしい気持ち・・・
ここで、いつも分けていただいています。ありがとう!!!
そして、みみしゃさんにblogを開かせてくれた???ビョンホンssiにも感謝ですv-238
あれっ?・・・私も支離滅裂^^;^^;^^;

  • 2006/01/18(水) 10:34:32 |
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  • Lamplight #
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あれから11年・・・・

みみしゃさん、こんばんは。
あれから11年なんですね。
あの揺れの前の地鳴りの音と激しい揺れは、今でも決して忘れません。揺れが一応おさまって外へ出た時のショックも・・・。
全く風景が変わってしまって、昨日まであったはずの、見えていたはずの家々がぺしゃんこになって・・・・。
幸い、我が家は半壊でした。でも、住むには、多くの修繕や改築が必要でした。余震も心配だったし・・・。
みみしゃさんの家族と同じに、雨が降った時は2階は、雨漏りで心配で家族揃って、階下で川の字で寝ましたっけ。
水もガスも復旧までは、時間が掛かって、朝晩の水汲みとお風呂が大変でした。(大阪の友人が必ず、週末に「泊まりに来て!」って誘ってくれた親切は忘れられません)
でも何より辛かったのは、朝晩の通勤時に通る駅までの道で見る花の数々でした。駅から我が家までの町並みは一変しました。今の西宮北口を見ると信じられないくらいの復興振りです。
私は、自分が当たり前のように見てきた日々の景色、情景が一瞬にして一変したって経験は初めてでした。
多くの方々が亡くなり、多くの方々が生活の激変を余儀なくされていることを思えば、個人的感情に過ぎませんが。
震災の後、初めて行った学生時代からの思い出のいっぱいある三宮も、みみしゃさんの言われる通りに、ネオンもなく真っ暗で、その上に目印のビルも倒壊していて、会社のある大阪とは、たった電車で30分ほどなのに、別世界でした。
あの時に、「もう、決して多くの物を望むまい。生活するのに本当に必要な物を見極めて、生きて行こう」って心の底から思ったはずなのに、11年経って、私の周囲は、物にあふれているようです。
普通に、朝に起きて、食事して、会社に行ってという生活が、どんなに有り難いことか、痛感したはずなのにね。
でも、毎年1月17日が来ると、このアメリカの地からでも、あの時の思いを思い出して、おごそかな気持ちになります。
今でも、震災の実写のフィルムを見ると、涙が止まりません。
子供達の歌う「震災の歌」も、涙が止まりません。

あの頃は、韓流もBHssiも知らなかったけど、今、こうして、みみしゃさんや皆さんとBHssiの話題で盛り上がれる日常のありがたさや幸せを心から感謝します。





祈りの日

みみしゃさん、こんばんは~
あれから11年・・・あの時、おなかにいてて臨月だった息子も11歳になります。勿論神戸ほどでは
ないけれど、我が家も、食器が割れ、洗濯機の上の液体洗剤が落ちてきて、大きなおなかを抱えながら
オットと二人余震に震えながら掃除をしてた事を思い出します.停電してたから、一体何が起こったのかわからず電話も通じないし、不安な朝でした。
神戸、西宮、伊丹に住む親戚、友達も帰らぬ人になりました。ずっと続く余震の中で無事出産できるだろうか、この身体じゃ逃げられないって、本当怖かった。今でも震災の後遺症に苦しんでる方もたくさん
いらっしゃいますよね。町は復興していくけど
悲しみを背負った人の心は、簡単には癒えません。
どうか、その方々に平安があるようにと祈るばかりです。

  • 2006/01/18(水) 01:14:37 |
  • URL |
  • ajian #
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11年経ったんですね。

みみしゃさん、こんばんは。
大阪も当然揺れ、余震が続いていましたから、
当時は、ちょっとのゆれにも反応し、飛び起きていたし、
寝るときは必ず着る物を整えて、そばに置いていたのに、
今は…。
あの時のたくさんの思いが、忘れられないようにしなくてはいけないですね。

  • 2006/01/18(水) 00:44:27 |
  • URL |
  • Tom。 #
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みみしゃさん、こんばんは~
あれから11年経つんですね。時の流れは速いのか、遅いのか、人それぞれだと思いますが、私の住んでいる名古屋も、結構揺れたのを憶えています。 朝テレビを見て驚いたのと同時に涙が出ました。 一年後神戸に遊びに行った時、まだ残る震災の跡を見て現実を考えさせられました。
この時期になると、非常用リュックの中身の確認をしとかなきゃ!と慌てます。
日頃から、慌てなくてもいいように準備だけはしっかりと!

  • 2006/01/17(火) 22:34:47 |
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  • エネコ #
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いろいろな・・・

みみしゃさん、こんばんは~
阪神大震災のとき、どうしていたのかな?とは思ったことは
あったけど、直接尋ねることもなかったので、今日、こうやって
話がきけてよかったです・・(よかったというのが適切な表現か・・)

日本だけでなく、この地球にはたくさんの人が住んでいて、
その一人一人にいろいろな人生があるんだなぁと
またもや、しみじみ・・・
私たちがネットという世界を通じて知り合ったのも、
私たちの長い人生の中のいろいろある事のひとつであり、
そのきっかけを作ったのも、びょんだけじゃなくて
いろいろな人やものだよね~って、、、、
ありゃ、またもや支離滅裂だ(爆)

  • 2006/01/17(火) 22:21:13 |
  • URL |
  • ponta #
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